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鎌倉かまくら室町むろまち時代じだい(1185ねん~1573ねん

平安へいあん時代じだいわりごろになると、武士ぶし登場とうじょうして一族いちぞく中心ちゅうしん武士団ぶしだんをつくります。武士団ぶしだん中心ちゅうしんとなったのが源氏げんじ平氏へいしで、この2つの勢力せいりょくあいだたたかいがこるようになります。源頼朝みなもとのよりとも平氏へいしとのたたかいに勝利しょうりして鎌倉かまくら幕府ばくふひらき、武士ぶし直接ちょくせつ政治せいじおこなうようになります。よりとも武士ぶし領地りょうち褒美ほうびあたえ、その見返みかえりとして武士ぶし幕府ばくふつかえるごおんほうこう関係かんけいによって武士ぶしたちをしたがえました。

鎌倉かまくら幕府ばくふ衰退すいたいすると足利あしかがたかうじによって室町むろまち幕府ばくふひらかれます。室町むろまち時代じだいにはのう狂言きょうげんちゃ水墨画すいぼくがなどの芸術げいじゅつや、和室わしつちか書院造しょいんづくりといった現在げんざいまでがれている文化ぶんかおおまれました。

今治いまばり鎌倉かまくら室町むろまち時代じだい

大三島おおみしま大山祇おおやまづみ神社じんじゃには源平げんぺい武士ぶしたちが奉納ほうのうしたかたなよろい数多かずおおのこされており、国宝こくほう重要じゅうよう文化ぶんかざい指定していされています。また、今治市いまばりしには鎌倉かまくら時代じだいから室町むろまち時代じだいにかけてのおはかである五輪塔ごりんとう宝篋印塔ほうきょういんとう数多かずおおのこされています。

  • 宝篋印塔 宝篋印塔ほうきょういんとう
  • 五輪塔 五輪塔ごりんとう

おも遺跡いせき文化財ぶんかざい

  • 宝篋印塔ほうきょういんとう五輪塔ごりんとう くに指定してい重要じゅうよう文化ぶんかざい 愛媛えひめけん指定してい有形ゆうけい文化ぶんかざい 今治市いまばりし指定してい有形ゆうけい文化ぶんかざい
  • 馬越うまごえ遺跡いせき日高ひだか
  • 八町はっちょう遺跡いせき立花たちばな